この診断書は、2010年7月29日に、「神の手」をもつ医師として世界的に有名な、福島孝徳脳神経外科医が最高顧問・院長を務める、福島孝徳記念病院の脳神経外科医 片山重則先生(脳血管内治療センター長)のセカンドオピニオンによって、山本真理子さんの病状が「くも膜下出血」だと診断されたものだ。
では、なぜ今回、わざわざ千葉県長生郡長柄町にある福島孝徳記念病院へまで赴き、東大病院で開示されたCT画像、カルテ、それに関連する資料一式を持参の上、セカンドオピニオンをもらいに行ったのか。
それは、我々に、そもそも山本真理子さんの病名は「くも膜下出血」ではなかったのではないか、東大病院が誤診したのではないか、という疑いがあり、東大病院の診断が正しかったかどうかを確認するために、セカンドオピニオンを求めて、福島孝徳記念病院を訪問したのだった。
東大病院は、いうまでもなく国内トップクラスの大学病院である。その東大病院の診断の正否を確かめるのであるから、セカンドオピニオンの依頼先は、脳外科分野の世界最高クラスである福島孝徳先生の記念病院をおいて他になかった。
2010年7月29日17時、山本真理子さんは事前にセカンドオピニオンの予約を取り、友人1人と共に福島記念病院を訪れた。持参した東大病院開示のカルテ、画像、その他入院時のすべての資料のコピーを受付に預け、しばらくして福島孝徳医師の弟子にあたる片山重則医師に呼ばれた。診察室に入ると、机上のモニターには、我々(山本真理子さん)が持参した、発病当時の脳のCT断面図が映し出されていた。
2人が席に着くと、片山医師は「この画像を見る限り、くも膜下出血に間違いありません」と断言した。そして「その原因は、恐らく脳動脈瘤破裂でしょう。この画像はあまり鮮明でないので断言はできませんが、それらしき血管が映っています。」と付け加えた。東大病院の診断を裏付ける、このコメントだけでも充分であったが、2人はわずかでも誤診の可能性がないかを確かめた。
くも膜下出血に似たような症状で他の病気の可能性はないか、脳動脈瘤破裂でなければどのような原因がありうるのか、等ありとあらゆる質問をした。そして、そこまで突き詰めても、片山医師の結論は変わらなかった。東京大学病院の「くも膜下出血」という診断は正しかったことが裏付けられた瞬間であった。そのセカンドオピニオンの内容を書面にしてもらったのが、冒頭に掲載した「診断書」である。
■山本真理子さん くも膜下出血 概要
| 【 診断結果 】 |
くも膜下出血 グレード2〜3 |
| 【 発症日時 】 |
2009年3月20日(金)午前10時頃 |
| 【 発症状況 】 |
職場で勤務中 |
| 【 療養期間 】 |
3月20日〜3月24日(5日間) |
| 【 診療実日数 】 |
5日 |
| 【 療養機関 】 |
東京大学医学部附属病院 |
■山本真理子さん 発症から復帰までの経緯
■2009年3月20日(金)
◆10時頃 <倒れる>
職場のチーフとの話の最中に痙攣・硬直して倒れる。
◆10時15分頃 <社会保険中央総合病院へ搬送>
救急車で社会保険中央総合病院(東京都新宿区百人町)に搬送される。
救急車内では痛みのためか顔をしかめるが、救急隊員からの、氏名・生年月日などの質問には答える。
社会保険中央総合病院で脳外科の武田医師による診察を受ける。
CTスキャン検査の結果、くも膜下出血との診断が下される。
その後、別の急患が入り、救急受け入れができないとのことで、急遽、救急隊が転院先を探す。
転院先が東京大学医学部附属病院(東京都文京区本郷)(以下、東大病院)に決まる。
◆12時頃 <東大病院へ搬送>
武田医師が救急車に同乗し、東大病院に向かう。
救急車内で、真理子さんの付添人が、武田医師から、くも膜下出血のグレードが2(※)であることと3日以内は絶対安静にしていなければならないことを聞く。
※くも膜下出血 HuntとKonsnikの重症度分類による
グレード2:中等度以上の頭痛、項部硬直はあるが脳神経麻痺以外の神経脱落症状はない
◆15時頃 <くも膜下出血と診断>
「脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血」と診断される。
付添人が、脳外科の入院診療担当副科長である鎌田医師、宇佐美医師から、CTスキャン解析画像で説明を受け、緊急手術が提案される。
「治療・検査の説明書」内容
・血管が破裂したので手術した方がよい。
・治療としては、開頭またはコイルで塞栓するという方法がある。
・再出血する可能性がある。
・30%は即死することもある。
・即死でなくても、麻痺などの後遺症が残って家には帰れない。
◆18時過ぎ <救命・延命治療を希望しない>
説明の後、付添人から、真理子さんが初診時に医師から「くも膜下出血」との病名を伝えられた際、真理子さん本人が口頭で、医師に向かって治療を希望しない旨の意思を伝えたことを話し、付添人が本人の意思を尊重せず、代理で手術に同意することはできない旨をつたえたところ、ひとまず鎮静剤投与を切り、本人の意識レベル上昇を待つことになった。
これに伴い、3日間絶対安静の自然経過観察となる。
最低限の対応である、点滴・血圧降下剤投与・酸素吸入は行なう。
■3月21日(土)
◆時間未定<警察への電話連絡>
東大病院から、治療を希望しない患者がいることを知っていてほしい旨、警察に連絡がある。
■3月23日(月)
◆18時過ぎ <治療方針>
東大病院が治療方針を出す。
「治療方針」内容
24日(火)12時時点で、真理子さん本人が「手術をしない」という同意書に自筆でサインをしない限り、東大病院は真理子さんに最良の治療を開始することを検討する。
■3月24日(火)
◆14時30分 <同意書サイン>
真理子さんの意識が戻る。
「手術をしない」という同意書に、自筆でサインをする。
◆15時10分 <退院>
■退院以降
高橋弘二により、遠隔治療を中心としたシャクティ治療を受ける。
■5月15日(金)
◆KEN LIVE (東京都文京区)で、多くの観衆の前でギターの弾き語りやコントを披露する。
(完治したことが証明される)
■2010年7月29日(金)
◆福島孝徳記念病院(千葉県長生郡)の脳神経外科医 片山重則医師により、「くも膜下出血」であったと診断される。
【東大医学部図書館での文献リサーチ報告(2回目) 2010.08.04】
【結論】
山本真理子さんと同レベルの脳動脈瘤破裂を伴うくも膜下出血後、非手術で数日後に退院し、その後、出血以前と何ら変わりの無いレベルまで回復している例は、現時点で見当たらない。
【考察】
くも膜下出血後、非手術で回復した例は、ゼロとはいえない。しかし、回復したといっても、
・保存的治療(降圧剤・抗血小板薬の投与など)は行っており、また、
・山本真理子さんのような、嚢状動脈瘤ではなく、
・内頸動脈前壁動脈瘤
・解離性動脈瘤
・脳動静脈奇形
などの、
・比較的予後が良い、
・CTや脳血管造影で、出血部位が特定できない、
・嚢状動脈瘤とは性質が異なり、再出血率が少ない、
とされている部位の例で、
かつ、最初から、意識レベルが高かった例
などが該当しているのみである。
通常の脳動脈瘤破裂を伴うくも膜下出血の場合は、非手術例のほとんどは、
・意識レベルが低い(グレード4〜5の重症例)、
・手術前に再破裂 or 血管攣縮が起きてしまった、
・高齢
など、最初から手術適応でない例であり、死亡に至っている場合が少なくない。
いずれにせよ、非手術で回復した例というのは、例え1例であっても症例報告をする位珍しい例であることに違いはなく、今回見つかったのも、そういった類の文献である。
もちろん、山本真理子さんのような、
・グレード2〜3(手術適応域)で、
・嚢状動脈瘤(内頸動脈−前脈絡叢動脈分岐部)で、
・3日間のみの保存的治療(降圧剤・鎮痛剤)のみで、
さらに、出血から4日後に退院し、退院の翌日から飲食をし、約1年後には1日10時間以上の仕事をこなせるほど回復した、という例は、未だ見つかっていない。
【経緯】
8月4日(水)、1回目に引き続き、東大医学部図書館の部外者用パソコンより検索リサーチしました。
検索は、1回目と同じく、国内最大級の医学文献情報データベースである「医学中央雑誌」(1983〜2010年分)より検索しました(東大の上記パソコンで、無料で自由に使える検索ツールです) 。
所蔵文献の都合により、午後からは慶応大学医学部メディアセンター(図書館)に場所を移動し、文献内容をチェックし、必要なものは複写を取りました。
<1回目の報告より>
10 「くも膜下出血 東京大学」に関して85件
「くも膜下出血 東京大学 予後」に関して12件
文献(9)「EBMに基づく臨床データブック 疾患データ 神経・筋・くも膜下出血」
(臨床医 27巻増刊 p1553-1558 2001.06)
要点:外国を含め各種文献より、題名どおりEBMに基づくデータを集めたものでした。(文献コピーなし。東大にはあります)
↓
内容確認しました。非手術例については、触れておらず、複写しませんでした。
11 「くも膜下出血 慶応」に関して89件
「くも膜下出血 慶応 予後」に関して11件
未確認の文献
「初発脳卒中患者の重症度・予後の検討」(脳卒中27巻1号 p243 2005,04)
(東大の書棚には、「脳卒中」はあるが、27巻があったかどうかは時間切れで見れず。29巻はまだなかった。)
↓
内容確認しました。脳卒中患者さんについてのみの記載で、くも膜下出血の患者には触れていませんでした。
12 「くも膜下出血 京都大学」に関して130件
「くも膜下出血 京都大学 予後」に関して
未確認の文献
「初発脳卒中患者の重症度・予後の検討」(脳卒中27巻1号 p243 2005,04)
(東大の書棚には、「脳卒中」はあるが、27巻があったかどうかは時間切れで見れず。29巻はまだなかった。)
↓
内容確認しました。脳卒中患者さんについてのみの記載で、くも膜下出血の患者には触れていませんでした。
<その他のリサーチ結果>
13 「くも膜下出血 自然消失」に関して3件
文献(1)「くも膜出血後に自然消失した内頸動脈前壁動脈瘤の1例」
(「脳卒中」27巻1号 p.261(2005))
(文献コピーあり)
文献(2)「自然消失したICA Trunk Aneurymの2例」(「21世紀の脳動脈瘤治療」)
(「Meeting of the Mt. Fuji Workshop on CVD」20巻 p.77-80(2002))
(文献コピーあり)
文献(3)「くも膜下出血発症後に保存的加療で自然消失した前脊髄動脈瘤の1例」
(「日本脳神経外科学会総会CD-ROM抄録集」67回 p.1J-11-P22-3(2008))
(文献 入手できず)
14 「くも膜下出血 前脈絡叢動脈」に関して
「くも膜下出血 内頸動脈」に関して
上記13の文献@以外、非手術例は見当たらず。
15(その他)
判例「AVM塞栓手術術説明義務訴訟事件」(全文データあり)
原告:くも膜下出血(脳動静脈奇形)後、保存的治療で一時回復、約2週間後には自力歩行可となったが、発症から約2ヶ月後の手術により、左同側性半盲等の後遺症を生じた。
インターネットより
「くも膜下出血」(穂翔会村田病院 脳神経外科)(2006.1.)
〜非外科治療群24%のうち、60%は激症例で当初より手術適応なく、39%は再破裂や全身状態の悪化、特殊な形態の動脈瘤のため手術不可能な例で、3ヶ月以上の生存例は6%以下でした。〜
(http://www.muratahospital.jp/disease/CVD/SAH/SAH01.pdf)
16(参考までに;インターネットより)
「くも膜下出血のいやし - 神さま、ありがとう」
個人ブログ。神父様がお祈りに来て下さって、手術無しで2週間で退院した。(破裂した脳動脈瘤の部位が、脳深部。その後、術前の検査で、出血部位の特定が出来ず、手術中止に。病院が保存的治療を行ったかどうかは不明。)
http://blog.goo.ne.jp/thanksandpraise/c/d840c8651f83cc52022430d9dd459c3a
「気功施術・指導【大明気功院】
会員体験談『青島大明先生の施術でクモ膜下出血から奇跡の生還』
水頭症、肺炎など」
くも膜下出血。気功の遠隔治療等で、最初のCT検査で見つかった出血部位が、20分後のMRIでは見当たらず、3週間で退院。
(病院が保存的治療を行ったかどうかは不明。) http://www.daimeikikou.com/taikendan27.html
以上
【東大医学部図書館での文献リサーチ報告(1回目) 2010.08.02】
8月2日(月)、東大医学部図書館の部外者用パソコンより検索リサーチしました。
検索機器があるにも関わらず、何も調べた状態のないまま学者先生に質問というわけにもいきませんので、今日調べられる限り調べて、今日調べられる限り調べて、2回目のリサーチに委ねます。
検索は、国内最大級の医学文献情報データベースである「医学中央雑誌」(1983〜2010年分)より検索しました。
1 「くも膜下出血 手術拒否」に関して2件
1本は、未破裂脳動脈瘤についてなので、対象外。
もう1本は、
文献(1)「75歳以上の高齢者くも膜下出血症例の治療成績」
(磐城共立病院医報 17巻1号 p22-27 1996.09)
要旨(関連する部分のみ):「家族らによる手術拒否があった例でも、保存的治療も有効な治療法の1つと考えられた。」とのことで、手術はしなかったが保存的治療は施している症例であった。(文献要旨より)
2 「くも膜下出血 治療拒否」に関して2件
1本は、作業療法の治療拒否が減ったという内容で、対象外。
もう1本は、
文献(2)「家族の反対により侵襲的治療を施行しなかった重症くも膜下出血の1例」
(救急医学 31巻9号 p1107-1110 200709)(大阪大学医学部付属病院)
要旨:70歳男性。Hunt分類でグレード5。発症時は手術適応ないが、意識状態改善し、血管内手術、脳室ドレナージ術適応、後遺症残る可能性高いが社会復帰した例もあると説明。本人の意思確認できなかったが、患者は車椅子の生活はしたくない、延命治療は一切不要と再三家族に話していたため、手術は拒否。臨床医療検討会の結論として、家族が同意しない限り侵襲的治療できないため、最善の保存的治療を継続、本人の意識レベルの改善を待ち、本人、家族を交え再度手術の同意を得るよう努める。経過、脳動脈瘤の再破裂で、22病日目に家族に見守られ死亡。このような症例の対応は、今後救急医療の課題として検討していく。」
(文献コピーあり)
3 「くも膜下出血 自責退院」に関して 0件
「くも膜下出血 自責 退院」に関して 0件
4 「くも膜下出血 警察」 に関して 該当なし
5 「くも膜下出血 再出血」 に関して210件
うち、3文献が関連する症例、および予後について
文献(3)「くも膜下出血で発症し、自然経過で改善された内頚動脈解離性動脈瘤の一例」
(日本救急医学会関東地方会雑誌 22巻 p26-27 2001)(済生会宇都宮病院)
要点:50歳男性。グレード1。再出血予防で厳重な血圧管理のもと保存的治療。15病日目に血管撮影で著名なスパズム認めた。29病日目で血管撮影で異常所見目立たなくなり、特に障害などは残さず独歩退院。10ヵ月後、血管撮影でほぼ正常に改善したことが確認された。(文献コピーあり)
グレード1で軽く、自然経過といえども、保存的治療は施している。
文献(4)「直達手術未施行のくも膜下出血 患者110例の検討」
(脳卒中 10巻4号 p319-325 1988.08)(島根県立中央病院)
要点:直達手術未施行の理由は、どの年齢層もグレードが4・5以上、若年者は再出血のため、高齢者は合併症が主な理由。手術拒否は3例で、いずれも60〜69歳、発症6ヶ月後の予後は良好であった。
(拒否群についての詳細はわからず。)
(文献コピーあり)
文献(5)「くも膜下出血1007例の検討 過去30年の推移」
(山梨県立中央病院年報 21巻 p30-35 1994.12)
要点:1007例中、737例は手術し、267例は保存的治療で、社会復帰した例は56%だが、全員何らかの治療は行われている。
(コピーなし。東大にあり
6 「くも膜下出血 自然経過」に関して17件
関連文献は1つで、上記文献(3)
ほかは、未破裂脳動脈瘤の文献がほとんどで該当なし。
7 「くも膜下出血 未手術」 に関して1件
文献(6)「くも膜下出血未手術例の検討」
(東京医科大学雑誌 43巻6号 p1143 1985.11)(八王子医療センター)
要点:155例の症例。手術群、非手術群の2群に分類。非手術群のほうが予後は絶対的に不良であった。(文献コピーあり)
8 「くも膜下出血 改善 社会復帰」に関して82件
「くも膜下出血 健康 社会復帰」
リハビリをして社会復帰した、手術後治療して社会復帰したなど、何らかの治療
を施して社会復帰したという内容がほとんど。
9 「くも膜下出血 患者の権利」に関して24件
インフォームド・コンセントについて述べられたものがほとんど。
他、関連する文献としては、
文献(2)
文献(7)「医療過誤 司法側の考え・医療側の考え18 責任を負う自己決定権 その3 くも膜下出血待機手術選択事例」
(日本医事新報 No.4213 p69-73 2005.1.22.)
要点:脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の治療につき、患者側が不適切な治療法を選択し死亡したのは、医師の説明に問題があったとして争われた事例。患者家族らがバイパス手術を希望したことから、手術日がのび、5日後に再出血で死亡した一例。判旨として、患者の拒否などの特段の事情がない限り、臨床的医療水準に従い、自己が最善と考える医療を行う義務がある、など。(文献コピーあり)
文献(8)「医療過誤 司法側の考え・医療側の考え19 責任を負う自己決定権 その4 くも膜下出血腰椎穿刺拒否事例」
(日本医事新報 No.4214 p53-57 2005.1.29.)
要点:くも膜下出血疑診の患者について、腰椎穿刺検査を拒否した患者の自己決定権が争われた。検査を拒否し、翌々日死亡している。医師が確定診断するべき義務に違反したとして過失を認定した。
10 「くも膜下出血 東京大学」に関して85件
「くも膜下出血 東京大学 予後」に関して12件
研究論文、手術についてなど。2000年以前の文献は、「くも膜下出血の治療」について書かれているものが多かった。
該当するかと思われたものは、
文献(9)「EBMに基づく臨床データブック 疾患データ 神経・筋・くも膜下出血」
(臨床医 27巻増刊 p1553-1558 2001.06)
要点:外国を含め各種文献より、題名どおりEBMに基づくデータを集めたものでした。(文献コピーなし。東大にはあります)
11 「くも膜下出血 慶応」に関して89件
「くも膜下出血 慶応 予後」に関して11件
東大同様でした。
文献(10)「当院における過去5年間のくも膜下出血の治療成績」
(日本救急医学雑誌 12巻10号 p558 2001.10)
要点:学会の抄録でした。この学会でくも膜下出血の治療成績について、他の医療機関より、多く発表されていますが、該当なし。(文献コピーあり)
未確認の文献
「初発脳卒中患者の重症度・予後の検討」(脳卒中27巻1号 p243 2005,04)
(東大の書棚には、「脳卒中」はあるが、27巻があったかどうかは時間切れで見れず。29巻はまだなかった。)
12 「くも膜下出血 京都大学」に関して130件
「くも膜下出血 京都大学 予後」
に関して
東大同様。京大は、研究論文が多かったです。
未確認の文献
「くも膜下出血の予後」(Brain Nursing 4巻11号 p1076-1080 1988,11)
(東大にはなし。慶応には文献あり)
以上
■千葉成田ミイラ事件第1審判決文(平成12年(わ)第394号 平成14年2月5日千葉地裁判決)より抜粋
「弁護人らの主張するシャクティ治療の有効例の多くが、腰痛が和らいだ、むくみが取れた等の症状緩和といった類のものであり、例えば救急車を呼ぶような、緊急性のある危険な患者、晨一の如き生命に対する危険が存し予断を許さないような重篤な患者に対する実施例は全くみられないこと、健児以上に被告人と「シャクティ治療」とを信じていたとも思われる結花の供述においても、「シャクティ治療」は救急車を呼ばなければならないような患者に対して行われた例はなく、その治療効果はもっぱら精神的側面に関するものであると思う旨述べていること等の事実も認められる。
してみると、「シャクティ治療」なるものは、その効果を信ずる者に対する精神的影響等までは否定はできないまでも、晨一のような脳内出血により生命の危険がある患者に対しては、何らの治療効果も有するものではないことは現代社会の一般通念上明らかであり、被告人自身がそれを認識していたことも明らかというべきである。」
■千葉成田ミイラ事件控訴審判決文(平成14年(う)第1215号 平成15年6月26日 東京高裁判決)より抜粋
被告人が、自己のシャクティパット治療についておよそ効果がないと認識していたとはいい難いが、少なくとも、本件ホテルに運び込まれた晨一の様子を自ら認識した後において、シャクティパット治療によっても、晨一を救命することができないかもしれないと認識していたことは、上記のような被告人の言動や、被告人がこれまでに脳内出血等の重篤な患者の救命治療を行ったことが一度もなかったことなどに照らして明らかというべきであり、これが証拠に基づかない認定であるなどとの批判は当たらない。
そうすると、被告人が本件ホテルに運び込まれた晨一の様子を自ら認識した以後の段階においては、被告人には晨一の死亡を容認するだけの動機があったということができ、被告人は晨一に対する未必の殺意を抱いていたと認められる。 (※本件ホテル:千葉県成田市所在のマロウドインターナショナルホテル成田)
■千葉成田ミイラ事件最高裁判決文(平成15年(あ)第1468号 平成17年7月4日 最高裁判所第二小法廷判決)より抜粋
(3) 被告人は,脳内出血等の重篤な患者につきシャクティ治療を施したことはなかったが,健児の依頼を受け,滞在中の千葉県内のホテルで同治療を行うとして,晨一を退院させることはしばらく無理であるとする主治医の警告や,その許可を得てから晨一を被告人の下に運ぼうとする健児ら家族の意図を知りながら,「点滴治療は危険である。今日,明日が山場である。明日中に晨一を連れてくるように。」などと健児らに指示して,なお点滴等の医療措置が必要な状態にある晨一を入院中の病院から運び出させ,その生命に具体的な危険を生じさせた。
(4) 被告人は,前記ホテルまで運び込まれた晨一に対するシャクティ治療を健児らからゆだねられ,晨一の容態を見て,そのままでは死亡する危険があることを認識したが,上記(3)の指示の誤りが露呈することを避ける必要などから,シャクティ治療を晨一に施すにとどまり,未必的な殺意をもって,痰の除去や水分の点滴等晨一の生命維持のために必要な医療措置を受けさせないまま晨一を約1日の間放置し,痰による気道閉塞に基づく窒息により晨一を死亡させた。
2 以上の事実関係によれば,被告人は,自己の責めに帰すべき事由により患者の生命に具体約な危険を生じさせた上,患者が運び込まれたホテルにおいて,被告人を信奉する患者の親族から,重篤な患者に対する手当てを全面的にゆだねられた立場にあったものと認められる。その際,被告人は,患者の重篤な状態を認識し,これを自らが救命できるとする根拠はなかったのであるから,直ちに患者の生命を維持するために必要な医療措置を受けさせる義務を負っていたものというべきである。それにもかかわらず,未必的な殺意をもって,上記医療措置を受けさせないまま放置して患者を死亡させた被告人には,不作為による殺人罪が成立し,殺意のない患者の親族との間では保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯となると解するのが相当である。