千葉成田ミイラ事件①の再審支援の会

 長男小林健児の自白調書が偽物だと知っていながら、鈴木淳二弁護士が偽証を止めないという固い決意で冤罪幇助を成功させなければ、冤罪は成立しなかった。東京新聞社説に“検察官作成のたった一通の「自白」調書を採用したからです。もし冤罪であるのなら、その「有罪」は被告側からみれば、警察、検察、裁判所の共同的な作業となるでしょう”とあるが、本件はそれに弁護人が関与しており、鈴木弁護士のした行為は、弁護士倫理違反となる。冤罪だと知りながら、なぜ鈴木弁護士は、闘わなかったのか。ノンフィクション作家 釣部人裕が、書籍『冤罪幇助―弁護人が仕掛けた罠』で、その真実に迫る。
 
 2014年4月13日付東京新聞の社説には、「冤罪はだれが防ぐ」という見出しで、袴田事件の再審開始決定が出たことについて、記載されていました。その中に、“検察官作成のたった一通の「自白」調書を採用したからです。もし冤罪であるのなら、その「有罪」は被告側からみれば、警察、検察、裁判所の共同的な作業となるでしょう”とあるが、本件はそれに弁護人が関与しており、鈴木弁護士のした行為は、弁護士倫理違反となります。そして最後は、“疑わしきは罰せず、の鉄則をまず裁判所がしっかり守るしかありません。”と、そこから始める必要があると、そのように記載しています。
 千葉成田ミイラ事件は、まさに、それがあてはまる事件なのです。
 
 高橋弘二他、9名が逮捕され、延長勾留の最終日、つまり起訴される前日に、一通の自白調書が、偽計によって作成されました。偽計とは、当時の千葉県警本部 大友敏浩刑事が、高橋の供述調書の一部を写したノートや小林晨一さんの司法解剖の写真を見せて、被疑者を動揺させ、自暴自棄となったところで、自白調書にサインをさせる、という方法で行われました。
 その自白調書にサインをしたのが、共犯とされた被害者の長男、小林健児です。
 
 起訴前日の2000年3月13日に、大友刑事が健児に対し、当局に都合のよい内容を書いたノートを見せることにより、混乱させ、翌14日に当時の千葉地検 阪井光平検事が事前に作ってきた文章を、健児に読み聞かせ、自暴自棄になっていた健児に対し「シャクティ治療は無効であり、高橋弘二に対しては懐疑の念を抱いている」と記載のある供述調書にサインをさせることに成功したのです。
 
 実は、同じようなことを、他の逮捕者も刑事からされていますが、他の者はその言葉を信じませんでした。高橋がそんなことを言うわけがない、自分が見てきたものはそうではないと、拒否しました。健児だけが、サインをしてしまいました。
 
 そのことがなぜわかったかといいますと、彼の裁判の中で弁護側の証拠として、健児が勾留中に書いたB4で2枚のメモが出されました。そこには、大友刑事が持参したノートの内容を見て、動揺して、何を信じていいかわからなくなったと書かれています。そして、彼は裁判の中で、自分は自暴自棄となって、用意された供述調書にサインをしたと証言しています。
 
 その供述調書を分析すると、「晨一さんは7月3日に死んでいたと思うし、高橋に騙されてきたと思う、これまで一体何だったんだと思う」と、そのように取れます。
 この健児の供述調書、証言が採用され、高橋は小林家族に対し、積極的に晨一さんを病院から連れ出して来るように指示したと認定され、法的には、高橋に作為義務が生じたとされました。つまり、高橋が晨一さんを目の当たりにした後、病院へ連れて行くように言う義務があったのだと、その根拠に、健児の供述調書、証言が利用されたのです。しかし、このことは、鈴木弁護士の長男健児の偽証を止めないという、固い決意による冤罪幇助が成功しなければ、ありえないのです。
 
 高橋と健児が起訴され、弁護団が組まれました。川村理弁護士、保持清弁護士、鈴木弁護士の3人です。最初は、川村弁護士だけだったのが、被告人が2人で、弁護士が1人では厳しいということで、川村弁護士の推薦で、合計3名の弁護団が組まれたのです。当初、同じ方針で、弁護団会議が開かれ、どのように戦っていくか、弁護方針を話していました。私も常にそのミーティングには参加していました。
 
 しかし、ある日を境に、鈴木弁護士はそのミーティングに来なくなりました。その理由は、利益相反。高橋と健児の被告人の利益が相反するので、同じ弁護方針ではやれない、ということでした。
 私は驚きました。なぜなら、依頼するときに、同じ方針で戦って欲しいということで、川村弁護士の紹介で、着手金を3人に平等に、高橋の妻から払っています。ですから、当然、同じ弁護方針だと思っていたのです。
 
 高橋と健児は、分離裁判となりましたが、私たちは、健児の裁判にも、毎回、傍聴に行きました。そして、最終弁論、鈴木弁護士が最終的に小林健児の弁護を主張するのですが、その書面を読むと、健児は無罪だと思えます。ただ、高橋の裁判と比べると、おかしいということがわかります。しかし、裁判は別々にやっているため、そのことを主張しない限り、わからないのです。
 そのこととは、7月3日に晨一さんが死亡したことを認めていること。そして、高橋の指示で健児は晨一さんを病院から連れ出した。結局、健児は高橋に騙されていたのだ。だから、健児は無罪だと。
 健児には、お父さんを愛する気持ちがあって、家族の同意もあって、連れて来た。病院での主治医にも、ちゃんと話をつけて来ているじゃないか。過失はあるかもしれないが、それ以上のことはない、だから無罪だと、そう書いているのです。
 
 健児は、私の親友でした。晨一さんを病院から移動する前、それから、移動してから、何度も電話や直接会って話をしていました。当時、彼は、7月3日以降も、晨一さんのことを生きていると思っていました。
 さらに、何と言っていたか。高橋や一緒に移動して来たメンバーには、絶対に迷惑をかけたくない。僕たち家族が判断したことなのだ。それを他の人に迷惑をかけるようなことはしたくないのだと、強く、私に何度も言っていました。
 しかし、自白の供述調書があることで、健児は保護責任者遺棄致死罪で、執行猶予が付きました。高橋は、それを一つの大きな理由として、殺人罪で有罪になりました。
 
 弁護団から鈴木弁護士が離脱するときに、私は、「それはおかしい。説明がつかない。高橋に直接説明をしてください。」と、お願いしました。彼はしぶしぶ接見に行ってくれました。通常、10~15分くらい接見の時間は取れるのですが、5分くらいで出てきました。鈴木弁護士は何と言ったか。「高橋さんは、了解してくれました。」と。
 私は、えっ! と思いましたが、私は当事者ではありませんので、高橋と健児それぞれが了解していて、弁護人が了解していれば、口を挿むことはできません。「そうですか」とだけ言いました。
 
 高橋に出所後、鈴木弁護士とはどのような接見だったのかと聞きました。高橋は、「健児の偽証罪だけが心配だ、あとで偽証罪に問われないかな。」そういう心配をしていました。それ以上、高橋は言いませんでした。
 
 鈴木弁護士と話した時に、彼が何と言ったか。
 「健児君は早く出たがっている。なので、保釈を取りたい。保釈を取るためには、検察の証拠を認めなければ長引くんだ。そして、執行猶予が取りたい。実刑は嫌がっている。それには、検察の主張を認めて、内容の一部を否定する。その手段が一番いいのだ。彼は若い。将来があるから、実刑よりも執行猶予の方がいいんじゃないか。被告人の利益って難しいんだよね。釣部君。」そう話しました。
 
 そうなのだろうと、当時は思いました。実刑で刑務所に入ることより、執行猶予の方がよいかもしれません。冤罪ではなく、本当に事件を起こした場合であれば、そうだと思います。
 しかし、健児の場合は、やってないものを、やったという汚名を着て生きていくわけです。執行猶予が出た健児が、それで今、社会的に復活しているのであれば、私はこんなことは言いません。
 彼は、廃人のように生きています。執行猶予を取ったからといって、健児の利益になんかなっているとは思えないのです。彼は息を潜めて、隠れるように生きています。私の電話にも出ません。メールも受け付けません。
 
 彼は、弁護士となら事件のことについて話をするよ、と言いました。なので、私は弁護士を通じて、彼に連絡を取りました。彼は「話すことはありません」と言います。別人に変わってしまいました。健児のように、頭の良い、しっかりした男が、何故当時、あのような選択をしたのか。
 
 鈴木弁護士は、最終弁論書に、健児は無罪であると書いています。7月3日に晨一さんが死んで、11月までホテルにいて、何故腐乱しないか。そのことは、全く扱っていません。最終弁論書は、健児が高橋に利用されたかのような書面になっているのです。鈴木弁護士は、真実は無罪だと知っていながら、自白の供述調書が偽物だとわかっていながら、そのことを隠して、決して偽証を止めることなく、冤罪幇助をしたのです。
 真実の解明とはほど遠い、刑事裁判でした。無罪だと知っていても、罪を認めさせ、保釈や執行猶予を取ることが弁護士の正義なのでしょうか。目先の利益と交換に、魂を売り渡することを奨め、その代償は、「偽証」、「前科者」と健児に重くのしかかっています。
 唯一の味方だと思っていた弁護人が、実は冤罪を幇助していたのが、この千葉成田ミイラ事件なのです。
 
 健児がどう信じていたか。そういう話ではないのです。この事件は、生きていたか死んでいたかが重要です。自分が信じていたかどうかは、どうでもよいことなのです。だから、法医学鑑定が争点だと言ってきたのです。そこで争って欲しいと、高橋の弁護人にも、鈴木弁護士にも言ってきたのです。
 
 被告人の利益だと称して、保釈や執行猶予を取る。執行猶予を取ったはいいが、健児は今、どんな人生を生きているか。被告人の利益とは、何なのでしょうか。健児は利益を得たのでしょうか。
 健児はどうなのでしょう。私だったら、自分が早く出たいがために、嘘をついていたことを隠して、誰かを殺人犯にしてしまったら、良心の呵責に苛まれます。
 
 足利事件でも、他の事件でも、被告人は1回自白してしまいました。でも、その後、翻って闘っています。そうやって冤罪を晴らしているのです。それが正義じゃないでしょうか。それを支援するのが、正義の弁護士じゃないでしょうか。私はそう思ってならないのです。
以上